忍者ブログ
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フリーエリア
最新CM
(07/31)-- d&g コピー スニーカー
(02/28)--草
(02/27)--たかとう
(12/23)--コピー専門店
(12/23)--ROLEX 腕時計
(11/25)--草
(11/24)--たかとう
(11/21)--草
(11/17)--たかとう
(11/02)--ブルガリ
最新TB
プロフィール
HN:
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
聞いてくださるな。
今は主家を離れ浪々の日々を過ごす、名も無きトシヨリでごぜえます。

バーコード
ブログ内検索
アーカイブ
最古記事
(07/17)
(07/17)
(07/18)
(07/19)
(07/20)
(07/21)
(07/23)
(07/25)
(07/26)
(08/01)
カウンター
[38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48]
実は皆様に、黙って断りも無く、12日より糸魚川から姫川沿いに有る「塩の道」を越後屋と二人して仲良く?歩き、本日帰りました。

すんまへん・・・白状したので許してもらえますか?

 この窪んだUになってる箇所を「ウトウ」というらしいです。
 牛さんも塩を担がせられて、イヤイヤ歩いたのでしょうねぇ。

 「白池」

 こんな草が茂ってる道も歩きした。

 「不動滝」

 ここはキャンプ場にはなってますが、隠れた穴場らしく大きな滝でした。

 越後屋の後ろ姿がステキですねぇ。
 前から見るとアカンけれど・・・

 
「姫川」 後ろの大きい岩が「だるま岩」というらしい。

ホームページに「塩の道」をそのうち掲載します。
PR
ホームセンターで前から気になっていた「ピタガン」つうもんがあります。

で、もんのすごく勇気を出して買ってみました。
なんせ65才前の年金生活しているもんだから、お金にシビアになっちまって・・

800円くらいだったかな?
クルクル寿司ならば8皿分かなぁ・・・

 こんなのです。

プラスチックでも接着可能というので、さっそく壊れた干し物ハンガーを期待を持って直そうとしました。

  結果はポロッと外れちまった・・アハハハ(^_^;)

100均で買った安物だからかもしれんが・・

しかし、笑っておれん。
なんせクルクル寿司8皿分だから、せめて2皿分位は、何としてでも元を取らないと・・

そこでストーブの送風網が外れ掛かってるのを直しました。

 これは、うまくいった。

しかし、普通のプスチック用接着剤でも良かったなぁ。

失敗したなぁ・・と、サミシク失意の日々を過ごしていた時、孫の保育園の通園用帽子のリボンが取れたと言って来たので、おぉぉぉ・・これこそ出番かもしれん。

 結果はバッチシ!!

布のような物の接着だったら良いのかもしれない。

これから、買おうとしている人は参考にしてください。
これσ(*_*)が30数年前の時に描いた物です。

 今見ると形は、よぉ~取れてますが、陰影の描き方が雑でんなぁ。

この頃、プロの絵描きさんと知り合い、デッサン基本というか描く時に「決して想像して書かず、妥協せずに、ありのまま描け」という事を教わりました。

あの画家さんどうしているかなぁ・・と思って検索してみると、まだ生存されてるよおですねぇ。
もう、σ(*_*)の事は忘れられたかもしれん。
板倉義寛(クリックしてね)

それから数十年、月日がサラサラと流れ、たまにスケッチなどしており、一時は鉛筆画にも凝りましてなぁ。





これは前職の時に写真見ながら描いた物で、イベントの時に絵葉書として無料で配りました。

この絵も別のプロの画家さんに見てもらいアドバイスを受けました。

さすがプロ、σ(*_*)が手抜きして描いた箇所は鋭く指摘しましたねぇ。
これを見ている皆の衆は、どこがアカンと指摘されたかわかりますか?

これでアルバイト的に駄菓子でも買えるほど売れるのだったら、また違う老後の人世を送れたかもしれん。
だれか、雇ってくりいぃぃ~・・・(^O^)



先日、ヒマなもんだからドライブがてら糸魚川まで石拾いに行きました。

「青海海岸ジオサイト ラベンダービーチ」というハイカラな名前の公園が有ります。



ここには「奴奈川姫」というキレイなネーチャンが出迎えてくれます。
勾玉なんか持っていて、ちと目がコワイけど・・

 こんな海岸で石を拾いました。

 ここで拾える石。
知ってる人は知ってるけど、ここではヒスイが拾えます。

はい、当然ヒスイらしい白い石を重点に拾いました。

で、家の殺風景な砂漠のような駐車場の一角だった所に、日本庭園をつくりました。


白い石の箇所が、水を表してるつもりです。

白石の量は、スーパーの大きい袋、7袋分くらいかな?
石を敷く量は、思っているよりもたくさん必要です。

これだけの量をホームセンターで買って来ると、2~3000円ほどかかるのではないかなぁ。

はい、当然もっとたくさん拾って車に積み込み、約2万円分程度は拾ったと思う。
運ぶのがキツかったが。

一つくらいは、ヒスイが混じってるような気がする。(^_^)v


 
以前に青黒っぽい石を、同じ場所で拾って来て、通路脇に敷いて、水を表現した事もあります。

ここの海岸は、けっこう白石や青黒石を拾えます。
ヒスイに、こだわらなかったならばね。





18~20日まで残っていた越後霊場の三条市下田地区を巡り「結願」しました。

「結願」つうても、それほど信心があるわけでなく、単に「完了」「終了「おしまい」「じゃあね」「またね・・」でも良かったのですが、一応カッコウ付けてね。

 下田資料館に有る「火炎土器」です。
この付近は火炎土器が沢山発見されてるそうですねぇ。

何千年か何万年前に作られたのか、わからんが、大した物だわぁ。

写真撮影はOKでしたので。

 「ヒメサユリ」

歩いてる時に偶然民家の庭先に咲いてるのを見つけ、勝手に断りもなく黙って撮りました。
 すんまへん。m(_ _)m

この付近だけに咲く百合らしく、ピンク色した百合はσ(*_*)も始めて見ました。

後で聞いた所によると、近くの山には一面に咲きほこる所が有るらしいですが、まだツボミの段階だったそうです。

なかなか見れない珍しい百合だと思い、これも日頃の信心がにじみ出てきた、観音様の化身かと・・
    ナモナモ・・ナモナモナ・・・

 「八木鼻」という場所

巡礼の最後、33番寺付近にあります、
この岩場の崖に「ハヤブサ」が住んでるとかで有名らしい。

 魚沼市「大庄屋 目黒邸」

帰り道に寄ってみました。
あっ・・・中に入らずに、写真だけですが・・・
ホームページの掲示板にも書きましたが、HPの更新をしようと思って、FTTPを起動しましたら、こんなメッセージが出ました。

応答: 552 STOR: notice: quota reached: used 10002 of 10000 upload files
エラー: 重大なファイル転送エラー


初めは何が気にいらんで、こんなメッセージが出るのかと思い、おおかたサーバーの障害だろお・・数日したらだれかがサーバーに文句付けて治るかもしれんと思い放っておきました。

数日たっても直らず、ネットで調べてみるとメッセージ内容は「ファイルの数が1万個越えてるので転送出来ないのじゃ」という内容らしい。

サーバーに容量の限界が有るのは知ってましたが(200M)、まさかフアィル数にまで限界が有るのだとは知らなかった。

そいで、このままではHPのページを増やす事が出来ないので、もう一つ新たにホームページを作りこれを「第二部」としました。

「第二部」へファイルを転送している時に、えらい容量が大きいなぁ・・と気づき調べて見ると、写真を縮小加工してない元画まで転送していた。

あちゃあぁぁ・・・いつもは消しているのだが、ボオッーとしていて消し忘れていたのね。

早い話が、その数だけファイル数が増えちまったんですねぇ。

でも、新しいHPも作っちゃったんで、そのまま運用する事にしました。
連休時の新聞に、先の戊辰戦争で寺泊沖に沈んだ「順動丸」のシャフト展示が今月8日をもって終了し、以後は公開予定が無いとの事です。

そりゃあぁ~話しの種にも行ってみなきゃアカンですわねぇ。
もうこの世で、お目にかかる事は無いのだろおから・・

 「順動丸」の詳細

 シャフト部分というのは船横に出ている回転部分を回す箇所です。

 シャフト部分の長さから船の横幅が想像できます。

 戊辰戦争越後大合戦絵図(幕府側視点で描かれた)

 こんな弾が飛んで来たのですねぇ。
オトロシイですねぇ。
当たったら、痛いでしょうねぇ。

 説明を聞いて、始めてわかったのですが、この舷窓は「順動丸」の現物だそうです。

他にも、何かゴチャゴチャと骨董品のような物が展示されていましたが、それらは「たぶん当時このような物を船に積んでいたであろう」という物でした。

それならばそうと説明書きがして有れば良かったのにぃ。

知らない人は、そこらの骨董品と同類だと思って「ふう~ぅん」と通り過ぎるだけだったろおなぁ。

 乗船した勝海舟や坂本龍馬が、この舷窓から海の様子を伺ったかもしれまへんねぇ。



朝、庭先に居たら、車が止まり中からお母さんが出てきて、話しかけてきました。

「隣の家はだれか住んでるのでしょうか?
 空き家を探してるんです。」


隣の敷地はあんまり手入れしてなく草が茂ってるので、ちょっと見た目には空き家と思うかもしれん。

車のナンバーを見ると「いわき」ナンバーです。

「隣は、息子さんが住んでいて、奥にお母さんが住んでるのです。」<と答えると

「あぁ・・そおですか・・子供が居るので学校近くで空き家がないか探してるのです。
この付近に空き家は無いでしょうか?」

しばし考えても思い当たりません。

近くの草地を示し「あそこならば、以前一人暮らしの人が住んでおり、家を壊して、親戚の人が、たまに草刈りしてましたけれど・・」

「そおですか・・でも家を建てなければなりませんからねぇ。
やっぱり不動産屋に頼むしかないでしょうかねぇ。」


「そおですねぇ・・この付近には空き家は無いと思います。」
「がんばって下さい」という言葉は言えず、「たいへんですねえ。」と言うしかありません。

東電関係者の方が、もしこれを見ていたら、「給料をゼロにしろ」とまでは言わないが、あんた方はボーナス・役職手当が出て、ほんのチョッピリ生活のレベルを落としただけの普通の生活をできるかもしれん。

しかし被災者の人達は、住む家も無く、このように苦労している現状を見て、東電の人達は心が痛まないのだろおか?

通常の常識ならば、ボーナス・役職手当は「ゼロ」にして誠意を見せる所だと思う。
昨年から狙っていた熊野古道・大辺路へ行ってきました。

本当は3月に予定していたのですが伸びてしまい、4月になって地震災害の最中に行くのもどうかと思ったのですが、自粛ムードで景気後退させるよりも、通常通りの生活をして「静かなる経済援助」と思い行きました。

「大辺路」とは、那智→串本→紀伊白浜の海沿いに巡ります。



 串本の「橋杭岩」です。

 某駅の朝、女子中学生と仲良しになりました。
 後で写真を送ってあげる約束をしています。

 これ何だかわかりますか?
 竹と違いますねん。
 「道の駅」で売ってた一束100円の「サトウキビ」です。

サトウキビなんつうもんは沖縄とか南の方でしか生育しないと思い、今まで見た事がなかったんですが、ここら付近でもできるのですねぇ。

帰ってからネットで食べ方を調べました。
かじると、やっぱり甘いですねぇ。
冥土の土産話しができた。(^O^)

今、もんのすごく東電が叩かれていると思います。
それこそ極悪・非道の代名詞のごとく。

σ(*_*)とこは刈羽原発の炉心から2kmしか離れていなく、福島原発事故は、とても他人事と思えない。

この地に住む事になったのは、自ら望んで・・というわけでなく、
惰性というか、成り行きというか、仕方なくというか・・
そんな風になっちまったので、と言うか・・・

そんなワケで、σ(*_*)は昔からこの地に住んでいた出身者では無く、いわゆるヨソモンです。

来た当初は、確かに原発の不安も有りましたが、住み続けていると、こんなモノか・・と余り意識しなくなりました。

確かに、この地は東電からの寄付やら交付金やらで世話になっており、他の行政地区よりも金銭的に恵まれていると思います。

そおいうお金等を貰っていて、何かしらの利益を得て住んでいたのだから、事故が起きたからと言って、掌を返すように東電の批判をするつもりは有りません。

事故の可能性が有るのを認めながら住みついたのだから。

ただ、事故後の東電の対応を見ると、ちとマズイんじゃないの?と思う事がある。

当地にも東電の空いてる社宅・寮とか関係施設が有るようだが、なぜ避難民を真っ先に、そおいう関係施設へ収容しないのか?

東電関係企業(いわゆる子・孫会社)の寮などへは、かなり避難しているようです。

しかし、東電が自分の会社の社宅・寮などへ積極的に収容している・・という事を聞いた事がない。

σ(*_*)が知らないだけで、実際は避難している人がいるのかもしれんが・・

事故の件はここでは触れないにしても、避難民に関しては事故当事者である東電の「誠意」が全く見当たらないように思う。

「良かったら寮・施設等をご利用してください。」ではなく

「申し訳有りませんでした。
ご不便でしょうが、どうぞ全ての寮・施設等を開放しますので御利用ください。」と積極的に広報して、避難民を収容してもバチが当たらないと思う。

むしろ良識の有る企業だったら、それ位の「誠意」を見せるのは当然だと思い、それをしない東電がいかにキレイ事を言おうとも、今はもんのすごく不信感を持っている。

なお、σ(*_*)は原発推進・反対派のどちらでもありません。

個人的意見を言えば、原発は現状運転はそのまま、しかし以後新規設置はしない・・です。

以上、誤解されなければ良いんだが・・
忍者ブログ [PR]