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今は主家を離れ浪々の日々を過ごす、名も無きトシヨリでごぜえます。

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この日曜日に故郷(富山県)の祭りがあり、御輿を担いできました。

この御輿を担ぐのは、だれでも担げるわけじゃなくて、その故郷に住んでた、または現在住んでる人の25・42・61才の厄年の人達だけが担げます。

まだ61才になっていないけれど、前厄?なのかな?

25・42才の時は、仕事の関係で参加できず、今回、生まれて初めて御輿を担いだ。

兄に聞くと、トシヨリは、御輿の後ろをゾロゾロ付いて歩いておれば良く、若い連中が御輿を担いでくれ、気が向けば御輿に手をかける程度で良い・・てな事を言われてたもんだから、おぉぉ・・、そりゃあぁ気楽でええわ・・と思ってたんです。

それが、あぁたぁ・・実際に聞いてみると、トシヨリにも分担区域が有り巡幸距離約11kmのうち2割程度をトシヨリ50人ほどで、ヨタヨタ・・と担ぎ巡る事になっとりました。

おいおい・・そんな話し聞いてねえぞ。

もっとも1度に全部巡るのじゃなく、200mほどの距離を10回ほど担ぐようになっとり、その時も、まぁ、それでもええや・・と思ってました。

しかし、実際に担いでみると、その重い事・・・

肩にギッシリと重みがかかり、その瞬間、あっ・・止めとけばえかったかもしれん、これでホンマに担いで歩けるんかと思っちまった。

御輿の総重量が800kだか、1.2t有るらしい。

それでも掛け声とともに「ワッショイ」を言いながら、前の人の足のカカトを踏みつけながら1回目の担ぎが終わりました。

御輿巡幸の際には、お宮に帰るまで絶対に御輿を地面に付けてはアカン事になっとりましてなぁ。

もし、コンジョが足りなく御輿を地面に付けちまったら、神様がお怒りになったので、その場で神様のお怒りを静める神事を行い、そのため巡幸時間が1・2時間遅れるらしいですなぁ。

たださえ、早く終わりたいのに・・・

今まで過去に一度も、そのお怒りが有った事は無いらしく、もしσ(*_*)達が担いだ時に地面に付けちまったら、それこそ「あの年のトシヨリ共が担いだ時は、コンジョ無しばっかり揃ってたもんだから地面に付けちまった」と永遠に語り継がれ、孫の代までも肩身の狭い思いをするのがイヤですからのおぅ。

そりゃあぁ・・もう・・肩が痛かろうが、腰が痛かろうが・・足を踏まれようが必死で担ぎましたがなぁ。

御輿の持ち上げの時は、掛け声と共に担ぎ上げますが、全員の呼吸が揃わないと、どちらかに傾いちまいます。

若い衆の時にやや斜めになった時が2・3度有り「おぉぉぉ・・」と見ていた人達から、どよめきの声が挙がりました。

聞いた話だけれど、過去に地面ギリギリまで傾き、あわや神様のお怒りが・・・という事が有ったらしいですなぁ。
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輪踊りが終わった後、2時までヒマでしてなぁ。
観光客は、道端や人家の軒下に座って時間が来るのを待っています。

その数が10人や20人程度の少数じゃなく、何100人もアチコチでゴロゴロ座ってたりウロウロしているるのです。

普通の八尾町はイナカなので、昼間でもこれだけの人間はウロついてないと思う。

で、ウロついてると胡弓・三味線と唄が聞こえたので行ってみると1軒の家の前で人集りがしており、人垣の隙間から覗いてみると、その家の中で唄っとるようですなぁ、踊りはやってないが・・

 はい、これが現場写真で、デジカメだけ頭の上に上げ、何か撮れるじゃろと思って撮ったものです。

右側に立ってる人が唄っており、その横に座ってる人が三味線を弾き、左置くに座ってる人が胡弓を弾いてます。
両脇に見える頭の一部分はσ(*_*)らのようなヤジウマの頭です。

次にフラフラと歩いてると、辻の暗い所でフラッシュが光って、人集りがしてます。


何じゃろ?と思って見ると、伴奏の音楽は全然無いけれど、「おわら」を踊ってました。
男女一人づつ居ましたが、男の方は服装が暗いので写真によぉ~撮れなかったので女の人だけアップします。

たぶん地元の人じゃないと思う。

腹が減ったので、店でパンを買ったついでに町流しの見れる場所と時間帯を聞きました。

「2時過ぎから朝5時頃までたけれど、●●町は道が狭いので、(観光客が)大人しく見ていれば良いが、そうでないと止めてしまう。
 あくまでも自分達が楽しむ踊りなのだから・・」と情報を教えてくれました。

2時近くになって三味線持った人が辻に入り、音の調整をし始めると、それまで座ってた人が周りを取り囲み始め、唄が聞こえるのですが、人垣で全然見えまへん。

偵察していた越後屋が「向こうからも人が集まって来て狭い道なので、踊りの人達が囲まれて身動き出来ない状態だ」と言います。

それを聞いてこれは無理だと思い、だいぶ疲れて来たので、これだけ「おわら」を堪能出来たのだから、もう思い残す事は無く、見物目的の「本来の町流し」をあきらめて帰る事にしました。

帰る途中、人通りがほとんど無い暗い道方面から、三味線と胡弓の音調整をしてるのが聞こえたので、これは・・と思いながら音のする方へ行ってみました。
 10人ほど自販機の前で飲み物を買って飲んでおり、今から町流しをするようです。!(^^)! ラッキー・・

「そいじゃ、やりましょか・・」という言葉で始まりました。
見物人は5・6人だけです。




踊り子さんは、そろいの浴衣ではなく、各自の浴衣を着るのですなぁ。
5人の踊り子さんを先頭にして、その後ろを唄い手・三味線・胡弓の「地方」がヨタリながらゆっくり歩き、そのまた後ろをσ(*_*)らがゾロゾロ付いて歩きました。



ボンボリの灯り程度の暗い道を「おわら」を聞くのは、やっぱし情緒が有りますなぁ。

帰る時刻が数分遅かったり、早かったりしていれば、この町流しには出会え無かったでしょう。
運が良かったと思います。
行ってきました、3日の最終日を狙って。!(^^)!
地震で今年は行けないかもしれんと思ってたんだけど。



今回は、コンジョ出して翌朝までネバルつもりでしてなぁ。
本当の「おわら」は観光客が帰った夜中の2時過ぎからの町流しらしいもんで・・。

その2時過ぎというのにはワケがありましてなぁ。
これは地元の人達が自分達が楽しむために踊るのです。
それ以外のは観光客向けです。

はい、これらの写真は全て、観光客のために踊ってくれてるものです。




夕方6時頃、雨が降り中止かなぁ・・と思いましたが、雨も上がってくれました。

だいたい観光客は11時頃に汽車時間やらシャトルバスの関係で半分位は帰ります。
で、残り半分位はσ(*_*)のようにホンモノの待ち流しを見ようと翌朝までネバる人達です。

昔といっても、20年ほど前は観光客も少なく情緒が有った祭りなのですが、年が過ぎる毎に観光客も増えて来ます。
あぁたの白髪とかコジワ等と同じでんなぁ。(^O^)

2時頃まで町中をウロつき、どこかで何かやってないか・・と探すのですが、なかなかやってまへん。

それでも、ウロついてると胡弓・三味線に合わせて唄が聞こえ、その方向へ行くと輪になって踊っていました。

地元の人は、もちろん旅行客の普通のオッチャン・オバチャンも飛び入りで一緒になって踊っています。

見ていると、この踊りけっこう難しいのですなぁ。

それでも飛び入りのジサマが、おぼつかない手つきで見よう見まねで踊ってるのを見ると、σ(*_*)も何とかなるんじゃねぇか・・と、スケベ心を出しましてなぁ。

手振りとかを見つめていました。
こおいうもんは、参加する事に意義が有りますからのおぅ。

上手な人の後ろに付いて踊れば良いのだけれど、下手さが目立つし・・
かと言って、下手な人の後ろに付くとわからんようになるし・・

だいたい6・7割ほどの踊りを覚え・・
よっしゃあぁぁ・・もうちょっと覚えたら参加するでぇ・・!(^^)!
と思ったら

「 ♪ 浮いた瓢箪かるそに流るる  
  ♪ 行き先ァ知らねどあの身になりたや 」

という囃子言葉が、踊ってた全員の口から流れました。

この囃子詞が流れると、知ってる人は知ってますが、
知らない人は、なあぁ~もわからんと思います(当たり前ですが(^O^))。

σ(*_*)は知ってましたが、この囃子詞は、最後の締めくくりの囃子詞なんです。

この囃子詞の次に、前と変わらぬ唄が入り、もう一度「浮いた瓢箪・・」の囃子詞を踊ってる人も見てた人も全員で大合唱しました。

この大合唱は、もんのすごくその場に居た人達全員との一体感を感じました。

よっしゃあぁぁ・・来年これたら今度こそ参加するでぇ。
輪踊りの終了は12時でした。


今は新潟市に合併されちまいましたが、旧月潟村は「角兵衛獅子」発祥の地だそうです。

秋晴れの本日、「大道芸フェステバル」が現地であり、この「角兵衛獅子」を見に行きました。

 「角兵衛獅子の記念館が有りましてなぁ。
入場無料で入ってみると、館内に「身空ひばり」の13才だかの蝋人形が飾ってあります。

「杉作、見に来たぞ!!」
「あっ、天狗のオイチャン・・」

昔使用していた現物も飾ってあります。


「舞い込み」ちゅうて、一つ一つの芸の最初と最後にやる挨拶です。
かわいい声で「えー」か「あー」とか声を揃えて言いながら手をあげ、次に右手を地に付け、軽く頭を下げます。




男の子が混じってるかと思いましたが、全員女の子でした。
そうだろうねぇ「舞い込み」のかけ声がカワイかったもん。





当地・柏崎市近辺では「綾子舞」というのが有名ですが、σ(*_*)は当地へ来るまでその存在も知らず、当然今まで一度も見た事がありまへん。

本日「鵜川」という所で現地公開されましてなぁ。
カカァと二人で見に行きました。

なんせ地元では「綾子舞」というお菓子まであり、超有名なもんらしいですからねぇ。



踊ってるのは小学6年生から中学3年位の女の子です。

500年前から伝承されており、その云われは諸説が有るようですが、歌舞伎だか何だかの古い形を伝えているそうで、たいしたもんですわ。

パンフレットを見ると「扇」を持つ「手振り」が見所のようで、実際に見てみると扇をヒラヒラさせるのに優雅さを感じます。

扇の使い方にも50種余り有り、「立て扇」「投げ扇」「千鳥扇」「すくい扇」等と、ちゃんと名前が付いてるそうで、現在34種が伝えられとるそうです。

他にも男の子の「狂言」が有り、そんな古典芸能見てもわかるかな?と思いましたが、初めて「狂言」を見ましたが、わかりました。(^O^)

なお、望遠も付いてない安物のデジカメで、舞台の前でカブリツキで撮ったのですが・・
なんせ安物なんで・・画像の質も悪く・小さく・・(T_T)

まぁ雰囲気だけでも感じてくんなせぇ。

あんまり参考になりまへんが、昨年この山でキノコ採りをしました。(^O^)ダハハ・・・
行ってきました。

祭り当日は人が山ほど来て身動き出来ず、踊りよりも人の頭を見に来たような感じにもなっちまうくらい(10年ほど前)有名な祭りです。

σ(*_*)が行ったのは3日間あるうちの最終日(9/3)で、思ったより人が少なかった。



「町流し」待機中・・
でもサービスで、早々と踊ってくりました。あんがとさんです。

この「町流し」で踊るには条件が有り、踊れるのは25才未満の独身と決まっているらしいです。



ちょっと条件に合わないオバハン達の団体が寺で踊ってました。




こりが、本来の「町流し」で、後ろの方から囃子方が付いて来ます。

 胡弓を弾くオバハン。

哀愁を帯びた唄と胡弓のメロディが何とも言えまへんなぁ。
やっぱし現地で聞くのが最高で、しみじみと聞いてると涙が出て来ます。(T_T)

踊り等が見れます。
   ↓
越中八尾・おわら風の盆」



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