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最近、某政党の代表が盛んに「友愛」を強調しとりますねぇ。

「友愛」とは何じゃろ?

「愛しとる」とか「愛してない」とか・・「愛の劇場」とか・・

「愛」という意味は、いかにも美しくも悲しく・貧しくとも助け合うというような意味合いがありそうな事に、よぉ~使われますねぇ。

でね・・仏教的に言う「愛」とキリスト教的の「愛」とは、意味合いが違うんです。

キリスト的なのは、よぉ~わからんが、たぶん上記のような意味亜だと思う。

仏教で使われる「愛」は、はっきり言って「煩悩」の事を言っており、キリスト的とは意味合いが全く違ってます。

「愛着」「渇愛」「愛欲」・・という言葉がありますが、これ全て執着心の表れです。

「愛着」・・奪われたくない、ワイだけの物じゃ。
「渇愛」・・ワイがこんだけ愛しているのに、何でわかってくれんのじゃ・・もっと愛してくりぃ
「愛欲」・・愛しとるならば、こんな事もあんな事も、してくりて当然なのに、なあ~ぁもしてくりん。

そいで「友愛」とは何?

かの代表は「日本列島は、日本人だけの物じゃない」と言われるので、日本列島は外国人の物でもあるらしい。

きっと「外国人の友」の「愛」を得る事に、執着しとるんでしょうねぇ。
そんな事より「日本人」の「愛」を得る事に執着して欲しい。



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無題
σ(*_*)もトシなので、新たに学習する気力は無く、波平とのと同じです。

若かったら正式に習ったかもしれまへんが・・・

どう吹かにゃアカンとか何とかいう、ややこしい理屈の枝葉に捕らわれず、我流で気楽にやり、チット位(大部かな?)ホンモノと違っていてもいいや・・という今がσ(*_*)にとっては一番住み心地が良いです。

他人が聞くためでなく、自分が吹いて聞いて楽しんでるんですから、σ(*_*)は今のままで満足してます。
2009/07/04(Sat)22:51:02 編集
無題
そうでしたか、「国際尺八研修館」の楽譜の系列に“草流”プラスでしたか、でもココまで工夫し、こなしきっておられる、こんなことはなかなかできるものじゃない、敬服の至りです、

わたしは、長年セコイ我流の殻に閉じこもっていて、我ながら自分の音を“嫌味な音”だと思っていた、
で、この殻を破りたいと明暗に入門した、
今もなお殻から出るのを最大の目標にやっとりますが、もう歳ですのでね、新たな学習は非常に難しい、貴兄の伸び伸びした“草流”の域には所詮到達できないと思う、

でも、習うってのは気楽ですね、
一旦我流を捨てる気持ちになってしまえば、とにかく師匠に素直に従っていさえすればよろしいわけだ、
が、しかし、こんな気楽の中で、我流の殻が破れましょうか、
一生懸命、師に従っているつもりが、その実は、我流の大枠から未だ出ていないのでは…、
ナニがナンだか、わたしにはよく分かりませんわ、
波平 URL 2009/07/04(Sat)04:24:44 編集
無題
波平との

仏教では「愛」に代わるものとして「慈悲(相手に対する思いやり)」を用いるそうですね。

σ(*_*)の楽譜のほとんどは、横山勝也氏の「国際尺八研修館」発行の楽譜です。

「阿字観」は楽譜が無かったのでCDを聞いて、書き起こしました。
後日、神如道の楽譜を手に入れ、比較すると細かい所は違ってましたが大筋でだいたい合っており、そんなに大差が無かったです。

「奥州鈴慕」は、CDの人の名前を忘れましたが、楽譜は有りました。(^O^)

なもんで、何派と言われましてもσ(*_*)はわからず、あえて言うなら正式ではなく人マネです。

波平とのの「あまりにも違う」のブログに書こうかと思いましたが、σ(*_*)も音の出足は緊張しますよ。

ただ波平とのと違って、なるべく人が聞いてない時を狙って吹いてるので・・というか、越後霊場では聞く人も居ない状況で吹いてるので、それほど緊張しません。

波平とののように「これから吹くぞぉ」と宣言されてやるならば、σ(*_*)もアガルでしょうねぇ。

今日、越後霊場を巡って帰って来ましたが、途中にある「宝徳山稲荷大社」という所に寄りました。

σ(*_*)は知らなかったのですが、縄文時代からの歴史があると云われてる由緒正しい神社だったらしいです。

そこで軽い気持ちで受け付けの人に「献笛をさせてもらえないか」と伺い了解を得て参拝しました。

参拝が終わった後、一緒に居た妻が「あぁたは吹いていて知らなかったかもしれないけれど、尺八を吹き始めたら、神主・巫女さん達、全ての人達が集まり、ズラッ~と並んで正座して聞いてたのよ」と言いました。

それを聞いた時「あちゃあぁ~・・」と思った。
まさか、そこまでして聞いてくれるとは思わなかったもんで・・・

まぁ、大きい失敗はしませんでしたが、これが最初から正座されて拝聴するというのを知ってたら、あがったかもしれまへん。
2009/07/03(Fri)20:18:37 編集
無題
隠居波平です、
人生修行に日々邁進のご様子、充実した日々、あれこれのことを拝察しながら、貴兄竹音を聴いたところです、
京都明暗寺対山譜をお使いのようだ、で、わたしにも、なんとかわかります、
と、申しましょうか、だんだん分かるようになってきた、と、いうのが実態ですがね、
なにせ、対山譜36曲、なんとかひと流しだけの段階ですが、習い終えましたのでね、
これからは、貴兄を真似て、自分自身の曲にとぎあげてゆこうと思っていますよ、

『愛』ですか、
難しいですね、
でも、なんの疑いも無く、深く考えることなど思いもよらぬげに、「友愛」なんぞと語りかけられても、
「なんじゃ、オンドリャ~、わかっとるのか!!!」
って、ヘソ曲げたくなりますなぁ~、

「愛」は、その本源は、貴兄の指摘がそれでしょう、
が、現代では、もうこの捉え方は理解され難い、
「慈愛」なら分かるかも、人の情け、ってことで…、
でも、この方向への捻じ曲げは、極めて日本的な脚色がある、危険だ!
性愛?
アッハッハ、それだったら、すぐわかるかも、

「阿字観」・「奥州鈴慕」
この2曲、わたし大好きですが、また一番苦手な曲でもある、
何時になったら、貴兄のような(竹音)域に行き着き得るやら、
波平 URL 2009/07/02(Thu)05:19:25 編集
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